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5月, 2018の投稿を表示しています

どどめの思い出

4年前に中古で買い求めた我が家ですが、なぜか一本だけ桑の木があり、今年も「どどめ」がなりました。長野市で、しかも市街地に近い住宅地で桑の木をみるとは思わなかったので、結構大きくなっているのですがなかなか切る気になれません。

 私が子どもの頃過ごした群馬県渋川市の実家はまわり中が桑畑でした。養蚕農家でおカイコを見せてもらい、学校帰りは桑の枝を振り回してチャンバラ、「どどめ」をつまんで食べたものでした。中学校の卒業文集の題も「桑の実」でした(さすがに「どどめ」ではなかった)。

 あれから40年以上が経ちました。故郷の懐かしい思い出がよみがえります。




震度5強の栄村へ

昨夜の地震で震度5強を観測した長野県栄村へ、ながせ由希子参院長野選挙区予定候補、和田明子県議と午前中から入りました。

 齋藤康夫日本共産党村議に案内していただき役場で森川浩市村長から説明を受けました。
 続いて、大きな亀裂が入り水が抜けた水田や、室内灯や障子、額が散乱した公民館など調査しました。今の所、人的な被害はないようですが、農地などは大きな被害で今年は田植えや収穫のできない農家もありそうです。

 齋藤村議は、昨夜一睡もせず村内の被害状況を調査。「地震で地盤や農地が緩んでおり、雨が降ればさらに被害が拡大することも心配です。2011年の長野県北部地震に続く被害で落胆している村民もいます。詳細な被害調査を行い、復旧に頑張りたい」と話しました。
 私たちも、復旧に向けた村の要望や課題を県、国につなげて力になりたいと思います。




現地調査2日目  

昨晩は茅野市泊。県議会(文教企業委員会)の現地調査2日目は、朝イチで諏訪養護学校(富士見町)へ。
 養護学校の児童生徒数が増えて、学校の過大化・過密化がどこでも深刻になっていますが、諏訪養護も95名の想定の2倍近い171名に。教室はいっぱいイッパイ。それでも足りなくて特別教室などを代用しています。
 学校の新設を含め、その場しのぎでない抜本的な整備計画が必要です。
 たまたま今日はPTA作業の日ということでした。どこかで見た人がいると思ったら、昨年のPTA会長さん(共産党長野県委員長さん)でした。

 続いて、高速道路で安曇野市の豊科南小学校へ。北アルプスの山々の大パノラマ。100メートルにもおよぶ独自のせせらぎ、敷地内に自由に遊べる森もあり、まさにビオトープ天国でした。うらやましいくらいの自然環境教育が行われています。

 現地調査の最後は、中信教育事務所(松本市)。私は、教職員の多忙の実態と対策について質問しました。

 2泊3日の現地調査(中南信)は、天候にも恵まれて無事に終了。充実した調査になったと思いますが、そうはいっても疲れました。






現地調査 木曽、伊那、諏訪

長野県議会(文教企業委員会)の現地調査は、木曽青峰高校(木曽町)からスタート。旧木曽山林高校を引き継いで森林の植生から伐採、製材、そして製品化まで、山に入り木に触れながら学べる森林環境課が魅力的です。長野県の森林を育成する人材がたくさん育ってほしいものです。

  次に、木曽から伊那谷に抜けて県の高遠さくら発電所へ。目的は、ダム下流の川が枯れないように最低限の水を流す維持放流水(毎秒1㎥)を有効活用した発電システム。これまでは流しっぱなしでしたが、維持放流水も「捨てたもんじゃない」。
 広がれ、再生可能エネルギー発電!

 さらに、峠を登って降りて諏訪市へ。諏訪実業高校の定時制で学ぶみなさんと懇談。昼間アルバイトして大学の学費の準備をしている人、会社で責任ある立場にいながら高校は卒業しておきたいとがんばる人、文化祭とかイベントがあるといいなと要望も…。それぞれいろんな困難や事情を抱えながらも、しっかりした考えを持っておられました。参加の県議さんから、生徒さんを励ます言葉が続いた充実した懇談でした。

友人を失いました

とても大切な友人を亡くしました。
 栗原暁さん(元長野県長和町議)が、5月19日未明に56歳でこの世を去りました。
 栗原さんとは、信州大学の学生自治会の活動で知り合い、その後、民主青年同盟や日本共産党の活動でも長野県内で一緒に歩んできました。
 かれこれ40年近いお付き合いでした。

 2年前に突然病気を告知された栗原さんは、昨年の町会議員選挙で議員を交代し療養に専念していました。わたしも同じ病気を経験したので、時々顔を合わせたときは彼の健康状態をお聞きして心配していました。

 栗原さんは、共産党議席が空白だった旧長門町に職を辞め、移住して立候補。以来、結婚して家族をつくり、党をつくり、そして25年間にわたる議員活動で地域に貢献し、生涯の地と決めた町に文字通り骨を埋めました。

 大きな体で、いつもおおらかだった栗ちゃんとは、心の中でずっとつながっていました。だから、これからもつながっていくつもりです。 




竹馬の友

「竹馬の友」と言いますが、まさしく私にとっての「竹馬の友」の一人、澁谷盛良くんが長野市のおとなのライブハウス「ラペーニャ」でジャスライブを行いました。
 彼、澁谷盛良(b)は、群馬県渋川市の古巻中学校、渋川高校の同級生で、本当に気のあった親友の一人でした。確か、ソニーロリンズのアルバムだったと思いますが、40年前、私にジャスの魅力を教えてくれたのは紛れもなく彼でした。
 澁谷くんは、高校卒業後上智大学へ。そしてそのままジャズの道に入り、現在も東京を拠点に全国を演奏旅行しています。
 長野では、同級生も親戚もいない私。この地で何十年ぶりに同級生に会えるなんて夢みたいでした。話し口も、そぶりも40年前と変わらない彼。
 一気にあの時にタイムスリップしたひと時でした。

サッカー 上田出張

午前は、町内の公民館主催の講演会。講師は、元サッカー日本代表、元長野パルセイロ社長の丹羽洋介氏。身近な所にこんなすごい方がいたとは知りませんでした。
 丹羽氏は、サッカーのイロハのイから、間近に迫ったワールドカップの展望、地元パルセイロのことまで分かりやすく話してくれました。その話し方にも誠実な人柄が感じ取られて引き込まれました。
 ちなみに、世界サッカー連盟は、国連より多くの加盟国があることもはじめて知りました。また一つサッカーが身近になりました。今度は、パルセイロの応援に行きたい。


 お昼前に家を出発。しなの鉄道の真っ赤な車両に乗って、燃える思いで上田へ出張。駅前で名物の肉うどんを食べて馬力もバッチリつけました(ちなみに馬肉です)。さあ、夏の陣に向けてお仕事がんばろう!

花粉症復活?

スギ、ヒノキに花粉だと思いますが、だいぶ悩まされたクシャミ、鼻水もいったん楽になていたのですが、このところ復活しています。
 「いい加減にしてくれ」と言いたいくらい、今日も結構しんどい思いをしています。去年はこんなことなかったと思いますし、耳鼻咽喉科に行くのもなんとなく億劫で。
 それにしても今頃の花粉は一体何? 

 今日は久しぶりに図書館へ。5冊ほど借りて来ました憲法関係の本や、ファンの岸本葉子さんなど。楽しみです。




温泉熱で発電を視察

長崎県雲仙市の小浜温泉バイナリー発電所を視察。温泉熱による発電ですが、大きな開発ではなくその温泉に見合った適正な規模がポイントとのこと。エネルギーの地産地消が大事です。

  バイナリー発電は、メンテナンスや冷却水のコスト削減が今後普及のためのテーマ。いずれにしても、わが信州の自然再生エネルギーの可能性を確信しました。

  視察後、島原からフェリーで熊本へ渡り、九州新幹線で鹿児島に初上陸。さらに特急きりしまに乗換えて宮崎 へ。バイオマス発電所の視察です。


第6回ツールド戸隠優勝! 6連覇!

今日は天気が良かったので、超マイナーな自転車レース「第6回ツールド戸隠」を開催しました。

 タイヤに空気を入れて、ブレーキの効きを調節。毎回、長野市三輪6丁目がスタート地点でゴールは戸隠の鏡池(標高1,210m)ですが、とにかく登り坂がきつい。

 途中、飯綱高原の大座法師池を始めなんども休憩を入れながら、走行距離が21.1㎞、タイム3時間2分で、見事に大会6連覇達成です(平均速度は時速7㎞ですから歩いているようなものですが…)。

 ちなみに今年も参加者は1名でしたので、準優勝の人はいません。ブッチギリです。
ゴールテープも金メダルも準備するのを忘れたので、記念に戸隠ソバを食べて来ました。




ヘルメット衝動買いしました

自転車屋へ出かけ、壊れたカゴの修理をしてもらっている間に店内をウロウロ。ツーリング用のリュックや手袋、ジャージ…。いろいろ見ているうちに、ついつい欲しくなって自転車用のヘルメットを衝動買い。若干、後悔の気持ちもありますが「安全第一。ヘルメットは必需品」と自分を納得させています。
 さて、新調のヘルメットでどこへ出かけようかなと…。


母親

「信州も最後かもしれないね」と、横浜からやってきた85歳の母。お酒は何十年ぶりだろうと言いながら、昨夜はワインを一口飲んでいました。

 取り立てて体に悪いところはないようだけれど、弱気になっている母を気にしつつ、今日は大町市美麻の菜の花畑、そして安曇野ちひろ美術館へ。
 久しぶりに親孝行のまねごとをしました。